院 長
はじめまして、院長の深水康太郎です。この度は、ふかみず歯科クリニックのホームページを閲覧していただきありがとうございます。
ふかみず歯科クリニックは、従来の歯科医院に対する「怖い、痛い」などのマイナス的なイメージをできるだけ少なくして、「楽しい、痛くない、癒される」などのプラス的な新しいイメージに重点をおいた歯科医院として、私の地元である久留米市に開院いたしました。
どうしても今までの歯医者さんのイメージは痛くなったら行くというものでしたが、それでは虫歯や歯周病の根本的な原因である生活習慣(歯磨きや食習慣など)の改善ができずにどんどん口の中が悪くなっていきがちです。癌治療などとは違い、急に生死に関わる問題ではないので、歳をとったら入れ歯でいいやと諦めている方も多いです。
歯医者さんの仕事は虫歯を削ったり、詰めたり被せたりすることが第一と思っている方が多くいますが、それ以上に大事な仕事は患者さんに対する生活習慣の改善指導だと、私は考えています。日本人の口の中は先進国ではあまりよくない部類に入りますが、今までの歯科医療が削ったり被せたりする代替治療がメインであったためであり、今後は今まで以上に予防という概念を啓蒙していく必要があると考えております。
正しい生活習慣を心がけ、虫歯や歯周病を予防しましょう。そのために、ふかみず歯科クリニックではスタッフ一丸となって患者さんを全力でサポートいたします。
幼稚園から小学校2年までを筑後市で暮らし、その後久留米市に引っ越すことになりました。もともと父が開業した場所が久留米だったので、生活の場もそちらに移そうということでした。物心ついてからは、どちらかというと筑後より久留米にいる期間が長かったので、自分の故郷といったら、久留米の方に感じます。
久留米での新しい生活にはすぐに慣れて、野球やサッカーをやる元気な少年に育ち、学校が終わって友達と遊ぶのが本当に楽しくてしょうがなかったのを憶えています。
親の助言、父の母校ということ、歴史が古いのでOBも多くそのメリットが大きいということが決め手になり、九州歯科大学を受験、合格することができました。
今まで勉強ばかりの生活だったこともあり、大学ではひとまず何か運動がしたくて、以前より好きなバスケをしようと思い、バスケ部に入りました。
バスケ部はバリバリの体育会系で練習もきつかったのですが、同時にお酒の飲み方も体育会系ならではのノリで、もともとお酒は強くなかったこともあり何回も潰れていました。そんなこんなで、勉強面では友人の助けを借りることもありましたが、バスケ部のおかげでかなり充実した楽しい大学生活を送ることができました。
そして国家試験にも合格でき、晴れて歯科医師になることができました。
卒業してからの進路は、すぐさま開業するのか、研修医として働くのか、ものすごく悩みました。自分の中にまだ基準となるものがなかったので、まず見る目を養い、それから開業するのも遅くないと思い、経験を積むためにもまずは研修医になる道を選びました。
研修期間は1年間で、大学で8ヶ月、研修施設の開業医に4ヶ月それぞれ研修へ行きました。
大学での8ヶ月間は、第2補綴科(現 口腔再建リハビリテーション学分野)に入局しました。第2補綴の細川教授に出会い、インプラントについて勉強したいと思ったのがきっかけです。
そして大学での研修後、熊本にある伊東歯科という大きな病院に研修医として勤務しました。ここではたった4ヶ月間でしたが、大学とは違う開業医の忙しさを体験し、臨床とはこういうものなんだなと、大学と開業医の違いを肌で感じることができました。
大学に在籍中、教授の紹介から他の病院にバイトに行ったりもしていました。そこで、私にできないことを、自分より若い衛生士がたやすくこなしているのを目の当たりにしたり、自分の力の無さを嫌というほど感じました。研修医生活を通して「自分は何一つたいしたことができない」ということを痛烈に感じたのです。
勉強不足が身にしみて分かり、何とかしなければと思いより精力的に勉強に励みました。
研修医生活が終わりに差し掛かる頃、1本の電話が実家からかかってきました。
母からでした。「お父さんが脳梗塞で倒れた」
幸い命に別状はなく、麻痺なども残ることもなく今でも元気に診療しています。ただ当時は、これはすぐ実家に帰るべきだろうと思い、研修が終わるとすぐに実家に戻りました。
今まで盆、正月ぐらいしか実家に帰ってませんでしたので、正式に実家に戻るのは、高校以来でした。父とまともに話をするのも久しぶりだったように思います。こうして親子診療がスタートし、最初はうまくやっていけるか不安でしたが、分からないことは父に教えてもらいながらなんとか診療していきました。
私は高校から研修医までの11年間ずっと実家を出ていましたので、思春期の時期に親と深く関わってきませんでした。自分の親はこんな人間だったのだと時間が経つにつれて分かっていきました。また親が苦労して病院を一から建てて、いままで自分を養ってきてくれたことがわかり、感謝と尊敬の気持ちを改めて感じました。一緒に仕事をしたことによって、そういうことをまざまざと感じ、改めて実家に帰って本当に良かったと思います。
2014月1月から工事が始まり、7月に完成。
開業は一生に一度のイベントであり、それまでにつらいことも楽しいこともありました。もちろん今後もそうだと思いますが、この安武の地で地域の皆様に安心できる歯科医療を提供できればと思います。
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